voice移住者の声
ラガーマンが新たなステージで創る「にぎわいを生むリンゴ園」
中嶋真也さん(なかじましんや)秋田県秋田市出身
- 移住年
- 2018年
- 職業
- リンゴ農家
小学4年生からラグビーを始め、大学まで続ける。大学卒業後は、小中学生、高校生、大学生、社会人のラグビーコーチとして活躍。弘前サクラオーバルズの立ち上げに携わるため弘前へ移住する。
恩師の声がけで弘前へ
小学4年生から大学までラグビーをやってきました。卒業後は高校の非常勤講師をしながらラグビー部のコーチとして5年間、その後にプロのラグビーコーチとして6年間、関東の大学やクラブチームで運営や指導を続けてきました。
弘前へ来るきっかけは大学時代の恩師からの声がけです。そこで、弘前を拠点とするラグビーのクラブチームの立ち上げと運営に携わることになりました。青森県は中学時代に大鰐町にあるラグビー場に行った記憶があるくらいです。弘前市は仕事で来ることになったため、「移住」という感覚はなく、当初は定住するという確信もありませんでした。プロのコーチとしては、新たなチームから声を掛けてもらい、次の仕事が得られることが評価の証であり、一つのキャリアとしか考えていませんでしたね。実家のある秋田からは近くなって良かったなとは思っています。
一次産業はなくならないもの
弘前市で生活をしていると、いつも見えるところにリンゴがあって岩木山もあって、自然の中で働くのもいいなあと感じるようになりました。コロナ禍を経験する中で、一次産業はなくならないものだと感じ、農業を意識し始めました。元々外で仕事をしてきたし、フリーランスのような働き方を続けていたこともあってか、農業への転職や収入の不安定さに関しては大きな支障と感じませんでした。
妻からの後押しをもらい、弘前市役所へ相談をしに行きました。そこで農業里親研修と園地継承円滑化システムを案内してもらいます。研修では、初めこそ今までと比べて長い時間を外で活動するため、若干の大変さを感じましたが、すぐに慣れることができました。暑さ・寒さは、さほど気にならなかったですね。縁もゆかりもない場所で上手く園地の取得ができたのは、園地継承円滑化システムのおかげです。アクセスが良く、岩木山を見晴らせるとても良い園地を継承させてもらうことができました。今でも研修でお世話になった先輩リンゴ農家の方や園地の前の持ち主の方に、いろんな相談をしながら仕事ができています。自分で畑を管理するようになってから気づくことも多いので助かっています。弘前はリンゴが基幹産業なだけあって、新規で始めやすい環境があるなあと感じた部分も多いですね。
にぎわいを生むリンゴ園を創りたい
ラグビークラブの運営でテーマとしていたことがあって、それが「持続可能である」ことでした。勝ち負けの結果も大事ですが、「100年続くクラブ」を作りたいと思って関わってきました。リンゴ園も持続可能なものにさせていきたいですね。そのために、自分の手の届く範囲でやっていきたいと考えていて、それが品質の良さにもつながると思っています。そして、人が来てにぎわいを生む場所にもしていきたいと思っています。SNSでリンゴ農家を始めたことを発信したら、昔の教え子などたくさんの人に興味をもってもらえました。実際に弘前に滞在しつつ、手伝いに来てくれた人もいました。
90歳まではリンゴ農家を続けていきたいと考えています。農家の主力としてではなく、サポートをする立場でも良いので、長く続けるために健康でいたいですね。そこも「持続可能である」というテーマに繋がってきますね。